庭のほとり

5月の半ば、ずっと携ってきた庭とギャラリーで
大野八生さんの展覧会を開きました。
「庭とアトリエ」。

ガーデナーであり、イラストレーターでもある
大野八生さんの両方のお仕事を見ていただける機会になりました。

庭、ほんとうにきれいでした。

何も言わず

ただ、輝いて

伸びていく

:::

光の中で、草花とただ共にあると、
もう、それだけでいいじゃない、
今、ここにいるだけでものすごい幸せ。
そんな平らかな気持ちに満たされるのでした。

:::

八生さんの絵に囲まれた空間に何日もいると、
ああ、このひとは本当に草花とともにいる人なんだなぁ、
としみじみ思う。
草花とそれにまつわる、虫や動物。
写実的ではないから「事実」ではないけれど、
描き手にとっての「真実」の姿。
その真実が愛おしくって、絵の世界に入りこむ。

:::

日々、たくさんの作り手の方々と接する幸せな中で、
珍しくびっくりするような残念なことがあった。
やりとりを重ねるほどに、がっかりするような単語
(言葉といいたくないなぁ)がもれなく付いてくる。
善悪や是非を超えて、底辺に、前提に、
愛がないなぁ、ということに心がしぼむことが続いた。
そんな日々を経て、「庭とアトリエ」展。
「愛があるなぁ」としみじみ。
と同時に、ある?ない?なのかな、愛って。
そんなことも思った。
愛があるなぁ、というのは、佳きことを信じているなぁ、
ということなのかもしれない。
八生さんやその絵、この場に集う方々と過ごす時間の中で、
そう気づく。
心を疑ったりしない、顔色を窺ったりしない。
起点が信じているところから始まっている。
間違ったり、困ったことが起こっても、
信じているところに軸足があるから、不愉快にはならない。
愛がないなぁ、と感じた諸々のことは、
佳きことを信じていないなぁ、ということだったのかもしれない。
:::

今年も藍の生葉染めをたくさんの人と楽しめることでしょう。

大豆も蒔いてみたのです。

芽っていいですね。
自らの殻を破り、土を割って、太陽に向かって伸びていく。

植物がそれぞれの速度で生長している空間、
その傍らで、人が佳きことを空気のように信じながら成長して、
その営みを感じ合うために集う。
ああ、こんなことがしたかった。
こんな場所が作りたかったんだ。
地球の、宇宙の、ちっぽけな点のような場所だけれど、
確かに愛がある時空。
佳きことを信じている時空。
これからも、そんな点を点しながら続けていこう。
(点(テン)と点(とも)すって同じ字なんだね)

機会をつくる、土壌をつくる

工藝を通して、人のよき営みの場づくりをする。
作る人、使う人。
それぞれが関わり合って心豊かに今を生き、これからの今に光を抱けるように。

仕事は土づくり。
土壌を作ること。
工藝を介した営みが、有機的に育まれる場、機会を創ること。
作り手が世に出る土壌として「工房からの風」の企画運営。
世に出たあとの進化成長の土壌として百貨店催事などの企画運営。
書籍や小冊子、webでの文章を通しての発信。
日々集える場として都心でのギャラリー・ショップ(ヒナタノオト)の運営。
工藝、暮らしに生きるものづくり。
それらが育まれていくための一滴となれるように。
そう希って場づくりを進めていきたいのです。

:::

ああ、すっきりしました!
今まであちらこちらにぶつかりながら考え、進んできたこと。
ようやく進べき航路が鮮やかに見えてきたのです。
昨年のメセナ大賞から、今回の伊勢丹展を通して。
工房からの風は、これから世に出ていく作家のための豊かな土壌に。
百貨店催事は、世に出たあとの作家がよりよい仕事へ進み、継続させていくための土壌に。
これらハレの機会のほかに、
ケ(日常)の場、基地のような場として、都心にヒナタノオトを。
私自身が「もの」を示すのではなく、
ひとつひとつ咲くべき花、生すべき果実にとってのよき土壌を育むこと。
工藝やものづくりにおける「派」!?や考え、感性の傾向にとらわれず、
ひとつひとつの草木の可能性を引き出せるように励むこと。
でもね、もちろん、何でもあり、ということではありません。
そう、ここでも庭、をたとえにしてみましょう。
創りたいのは、今、美しいと思う草花ばかりを集めた単一な庭ではないのです。
今、美しいと感じる草花に心寄せ、庭の中で響かせながら、
これから芽吹き、生長していくものの余白をもった庭。
といったらよいでしょうか。
その折々にどう映るか、奏でられるか。
その美しさ、ハーモニーには、もちろん私の目と力が問われることと思います。
:::
今回、お客様や百貨店の方々からおっっしゃっていただきました。
この催事の空間、とってもよいと。
お客様と作家が豊かに言葉を交わし、目当てのものだけをゲットするのではなく、
ぐるぐると時間をかけて作品巡りをしてくださる様子が。
これって「工房からの風」、そのものです。
あの野外ならではの和やかさが、賑わいの百貨店の中で再現されている。
そして、共通なのは、その場の方々の表情、笑顔。
入手することだけが目的ではなく、真剣に作られたものを介しての交流が生まれていること。
そのことが放つよきエネルギーが、きっとあの独特な雰囲気を生み出しているんですね。
賑やかだけれど、和やか。
:::
けれど、企画者としては、今展ではまだまだ、だと思っています。
作家のモチベーションにばらつきがありましたから。
今展のために命を削るかのごとく制作に励んだ作家もいれば、
通常の流れで参加くださった方もいます。
それは、企画者の私の力不足ですね。
よく自覚しています。
でも、そういうんじゃだめだよね。
もったいない、ってはっきりわかってしまった。
なので、次回(おそらく来年の春に同会場)には、
すべての出展者ともっともっとやりとりをして、
進化した仕事を全員に見せてもらおうと思っています。
伊勢丹での「『工房からの風』から」展は、そういう機会、土壌として存在するように。
:::
このブログは2年も前から作っていながら、なかなかアップできなかったのでした。
でも、今日がちょうどよい日和となりました。
お知らせではない、私の心の庭での種や芽、花や果実の移ろい。
ときどき記していきますね。

心の庭

こんにちは、稲垣早苗です。
ブログを個人で始めたのは2004年12月1日のことでした。
デンマークで撮りためた写真を整理しよう!
そう思い立って始めたhinataというハンドルネームでのブログ。
これがネットを通じた人の輪の始まりでした。

その後、ニッケのお庭のこと、
「galleryらふと」のこと、
「工房からの風」のことを綴っていくうちに、
「手しごとを結ぶ庭」を出版する機会に恵まれ、
「ヒナタノオト」を日本橋にオープンすることにもなりました。
ブログを通じて自分の心の姿が整えられていったり、
ブログを介して豊かな人との出会いを重ねられたり。
ブログにはたくさんの恵みをいただいてきたように思います。
今も「ヒナタノオト」と「工房からの風」のブログを綴っています。
けれど、訪ねてくださる方が増えるほどに、
それぞれの場以外のことを、いつしか書かなくなってしまいました。
なんだか場違いなような気がして。
「ヒナタノオト」や「工房からの風」の情報を求めてくださる方へ、
私個人の心の動きを伝えるなんて、ヘンだよねーと思えてきたのです。
そのうちfacebookやインスタグラムも始めましたが、
その楽しさ?と私にとってのブログが果たしてくれていたことは、
何か違うんだなぁ、とようやくわかってきたのかもしれません。

:::

庭がたくさんのことを教えてくれました。
一木一草、その姿からは自然のことわりを。
添える想いと手の営みからは、
見ること、感じること、考えることの大切さを。
ひとつひとつの個が熟していながら、
和してひとつの空間を生み出す庭というものの在り様が、
今の自分の仕事、そして生きていく姿の骨格となっています。
とはいえ、まだまだまだ、、のへなちょこな骨格。
鍛えがいはあり過ぎなのですが。

:::

心の庭を耕したい。
心の庭を丹精する人と出会い、響きあい、
そのささやかな庭を楽園へと育みたい。
そんな想いを持っています。
ほかほかな土に、豊かな緑や花々、虫や小鳥が行き交うような庭を希って。